底本の書名 さぬきの民話 底本の著者名 北條令子 底本の編集者 財団法人 香川県健康長寿財団 底本の発行者 香川県長寿社会センター 底本の発行日 平成十一年三月 入力者名 松本濱一 校正者名 郡家緑 入力に関する注記 文字コードにない文字は『大漢和辞典』(諸橋轍次著 大修館書店刊)の文字番号を付した。 登録日 2003年2月14日
―30― 笑い話 大岡裁き 寒い寒い日に、大岡越前守の屋敷へ来た男があった。ぼろつづれを着た男が、大声をあげる。 「ごめんこうむります。越前守様にお目通りが願わしゅう存じます」 「お前は誰じゃ」 「ははっ、これを・・・・」 と、一通の書状を差し出す。取次の男は、まことに粗末な身なりの男の書状を越前守に取り次い だ。越前守が、封を切って書状を見る。 「エッ、なんじゃ。これは・・・・」 書状には、 「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、」 と、のみ書いている。他には何も書いてない。これでは判断のつけようがない。越前守は、ぼろ つづれの男に逢うことにした。男はははっと、越前守の前でかしこまる。 「わけを申してみよ」 「ははっ。 一、いちいち申し上げるのも 二、にがにがしいことながら 三、三年このかた 四、四か村は 五、五穀も 六、ろくろく稔らず、可愛い妻や子まで 七、質入れいたすような 八、恥をしのんで 九、食うや食わず 十、とうとう、今日に至ったわけでございます。どうぞ、よろしくお願い申しあげます」 越前守、しばらく考え何かを察したよう。書状をさかさまにして、読みはじめた。 「よく聞けっ。 十、とんでもない奴 九、食うや食わずとは 八、恥しらずな奴メ。可愛い妻や子まで 七、質入れ致すような 六、ろくでもない奴 五、御法に背いて 四、仕置きに致すところなれど 三、三代将軍家光公のご遺言により 二、二度とは言わさぬ、今 一、一度だけ許してつかわす。わかったか」 「ははっ」 ぼろつづれの男は死を覚悟して訴えに来たのに、追い返されてしまった。 その後、年貢も許され楽しい正月を迎えることができたという話。 くねんぼう 旅の男が山道を下る。歩き疲れて喉がからから。どこぞに水がないものかと、あたりを見渡すの だが、水の流れる音はしない。男は、山道へ坐りこんでしまった。 「あれまあ、旅の人、どうされたのじゃ」 山里のばあさまが、声をかけてくれた。 「歩き疲れて、喉がからからだ」 「そりゃ大変だ。これ、ひとつ食べてみるかい」 ばあさま、みかんを一つ差し出した。男は酸っぱいものは好きではない。が、せっかくの好意で ある。くるりと皮をむいて、みかんを一袋食べてみた。乾いた喉にほどよい酸味がしみわたる。 「うまいな」 「うまいか」 「おお、喉にしみわたるワ」 「疲れもとれるぞ」 「これ、ばあさまが作ったのか」 「ああ、山の畑に木があってナ」 旅の男、みかんを一つ、ぺろりと食べてしまった。 「ばあさまよ、もう、一つよばれるワ」 ―31― 「どうぞ」 ばあさま、にこにこ。男の食べっぷりに見とれている。 「ああ、うまかった。喉がすっきりしたワ。それにしても、うまいみかんだ」 「そんなに、うまかったか」 「最高だ」 「そうか気に入ったか。そしたら、これ、土産に持って帰るか。これ、クネンボウと言うのだ」 と、ばあさまは、みかんを風呂敷に包んでくれた。男は、荷になるなと思いながらも、味のええ みかんをいただいた。 帰り道、男は荷をゆすりながらみかんの数をかぞえてみた。一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六 つ、七つ、八つ、九つある。 「ああそうか、九つあるからクネンボウか」 と、男はつぶやく。みかんの数をかぞえていた男、また、みかんが食べたくなった。くるりと皮 をむいて、みかんをほおばる。美味しい。男は、やっと我が家へたどりついた。 「おい、土産をもろうて来たぞ。ハチネンボウを貰って来た」 「あら、ハチネンボウ・・・・」 女房はハチネンボウって何だろうと包みを開く。するとクネンボウが転がり出た。 「あれ、これクネンボウよ」 「ああ、クネンボウをくれたが、一つよばれたから、ハチネンボウになった」 一人知れば二人知る むかし、山のお寺におじゅっさんと小坊主が住んでいた。おじゅっさん、 (# さし絵が入る) 山里のばあさまからクネンボウを貰う旅の男 壇気の人々に大もてである。 ある夜のこと、おじゅっさん出かけると言う。小坊主は留守番である。また、次の夜もおじゅっ さんお出かけになった。毎夜、山のふもとへ出かけて行く。 「おじゅっさん、毎晩お出かけでお疲れでしょう」 「・・・・」 「どんな、ご用があるのですか」 「うむ・・・・」 「そうですか。そりゃ、大変ですな」 小坊主、うむ、というご用は何だろうと考える。 実はおじゅっさん、町の娘に恋をしてしまった。質屋の娘は、あまり美人というのではないが、 色白でぽっちゃり型。笑うと、えくぼのできる可愛いい娘。おじゅっさんの好みである。あまりぺ ちゃくちゃ喋らない。おじゅっさんが話かけると、にっこり笑うだけ。肌はしっとり、吸い付くよ うな餅肌。おじゅっさん、質屋の娘のことを思っただけで、身体中が熱くなる。夜になると逢いた くなる。小坊主はおじゅっさんの秘密を知ってしまった。 「そうだったのか。うむ、というご用は・・・・」 恋だったのだ。小坊主、心配になってきた。おじゅっさんが出かけた夜、大きな紙に下手くそな 字で書いた。 一人知れば 二人知る 三千世界の笑い草 四五(仕事)を 六(ろく)にせず 七(質屋)の娘に目をつけて 八万地獄に落ちるとは 九(苦)をはたらく 十(おじゅっ)さん と、一から十までの数え歌を作って紙に大書して、居間に張りつけた。おじゅっさん、寺へ帰っ てみると、下手くそな数え歌が張り出されてある。いつもなら、「手習いせい」と叱りつけるとこ ろだが、何も言えない。それから、夜ごとの外出をつつしむようになったという。 ―32― 歌問答 歌よみ幽霊 旅のお坊さんが山道を越え、峠にさしかかった。峠をひとつ越えると隣村、だが、日が暮れかか ってしまった。峠のほとりの古寺に泊まろうとすると、村人が反対する。わけを尋ねると、「幽霊 が出るかもしれん」と言う。お坊さん、やめようかなと思ったが夜道を歩くほうが余計こわいので 、泊まることにした。 夜も更けてくると人気のない古寺の座敷で、「かさっこそっ」と音がする。静かな山中、人が通 るはずもない。お坊さん、音のする隣の座敷の戸をそっと開いてみた。開いてみると、薄ぼんやり とした明かりのなかに人が坐っているではないか。 「人っ気がないと言ったけど、寺には人がいた・・・・」 と、お坊さん、声をかけたくなってきた。すると、隣座敷の人影が、 「ふう、はて・・・・」 と、何か考えごとをしているありさま。薄あかりに目がなれて見ると、数人の人が集まって考え ごとをしている様子。 「はて、はて、はてな」 「皆さん、何を悩んでいるのですか」 お坊さん、思い切って声をかけてみた。 「いや、どうしても歌ができない・・・・」 「えっ、歌ですか」 「そうです。今宵の月は中空にあり、の上の句がつけられません」 「はあ」 「お坊さん、ひとつ、上の句をつけてください。できないと、帰しませんよ」 お坊さん、ぞーっとした。帰しませんよっと言う声が、なんとも不気味である。 「今宵の月は中空にあり・・・・」 お坊さん、硯箱を開き筆を持ち上げ考える。すると、灯がゆらゆら揺れて急に座敷が明るくなっ た。明るくなった座敷に、人の影が無数に動く。かなりの人数である。だが、生きた人の気配はし ない。お坊さま、 「ははあ、こりゃ亡者だナ」 と、思ったが、さわがない。 「さあ、さあ早く」 と、亡者たちがうながす。村人たちが「幽霊が出る」と言ったのは、このことかと思った。こり ゃ、村人たちのためにもこの亡者を鎮めなければならない。鎮めるためには、上の句をつけること だと腹をすえた。 「今宵の月は中空にあり。さあ、できましたよっ」 「なんと」 「宿るべき水は氷に閉ざされて 今宵の月は中空にあり」 「宿るべき水は氷に閉ざされて 今宵の月は中空にあり。お見事ですな。やっとできました。これで成仏できます」 亡者たちは、うれしそうな顔をしてささやきあう。旅のお坊さんは、念仏を唱えながら合掌した まま夜が明けるのを待った。 お坊さんが上の句をつけてから、歌よみ幽霊は二度と現れることはなかったという。 西行法師と歌 西行法師が瀬戸内海を渡って讃岐入りをなさったのは、五十歳のころだったという。弘法大師の みあとを慕ってその旧跡に詣でられた話はあまりにも有名。さらに、かつてお歌を詠みかわされた 崇徳上皇の御陵へも参詣された。 西行法師は、熊野、伊勢など諸国を巡り、各地で多くの歌を残している。もちろん、讃岐で詠ま れた歌もある。だが、どうしたことか西行法師の歌のなかには、ずいぶんおもしろいものが語り残 されている。 「これ、ほんとうに西行法師のお歌ですか」 「ええ、昔から、そう伝わっています」 ―33― 頭をかしげたくなるような歌である。例えば、修行のため山道を歩かれた。歩かれた山道は、高 松空港のほとり。峠を越えていると、こどもたちがワラビを採っている。西行法師は、呼びかけた。 「そこにおるのは わらべじゃないか ワラビを採って 手焼くな」 こどもたちも負けてはいない。西行法師のヒノキの笠を見て、歌を返した。 「そこにおるのは西行さんじゃないか ヒノキの笠で 頭焼くな」 なかなか頓智のきくこどもたちだ。西行法師も一本参った歌問答である。歌の話は、まだつづく。 なおも山道をわけ入る西行法師は、お腹がしわくなった。近くに公衆トイレがあるわけもない。 ええ、ままよと萩原のなかへかがみこんだ。 ところが、たわんだ萩の枝が、排泄物をはね返す。西行法師、思わず歌がこぼれた。 「西行も 難行苦行したけれど 萩のはね糞今がはじめて」 真っ盛りの萩の花、さぞいい香りがしたことだろう。さてさて、西行法師の旅は、なお続く。 またまた、川原でしたくなった。かがみこんで、こんもり、もりあげる。立ち上がって衣を整えて いると、こんもりもりあげたものが、のっそのっそと這いだした。あれっとよくよく見ていると、 こんもりもりあがったものから、手が出て足が出て、首まで出ている。西行法師、おもわず歌が飛 び出した。 「西行も いくらの旅はしてみれど 糞のよつばい 今日がはじめて」 すると、こんもりもりあがったものが歌を返した。 (# さし絵が入る) 山のふもとの火葬場から立ち昇る煙をサンマイ道から見上げる西行法師 「道ばたで 昼寝できよかのう西行 駄賃とらねば おもりも乗せん」 歌を返して、のっそのっそ這いだしたものは、年を経た亀だったという。これら、ウンのつく話 はトリ(最後)にするものだと伝わる。 旅は、さらに続いた。 讃岐では、墓地のことをサンマイと呼ぶ。山のふもとの火葬場で、煙が立ち昇っていた。サンマ イ道を通りかかった西行法師は、煙を見上げてしみじみとつぶやく。 「昨日の煙に 今日の煙 明日の煙に だれがいくらむ」 サンマイのお堂で一夜を過ごした西行法師は、亡き人の霊を弔う。そして、翌朝またサンマイ道 を通って旅に出る。 すると、また無情の風になぶられた煙が立ち昇るではないか。 「ああー」 と、足を止める西行法師。煙をしみじみと眺めて、人生を考える。 歌をと思ったとき、煙のかなたから、声が聞こえた。声は、墓地のあたりからも響いてくる。 「昨日の煙に 今日の煙 眺めて 通る人はいつまでかー」 煙を眺めて通る人はいつまで生きるのかと問われても、西行法師は答えられない。歌が、返せな い。大きなショックをうけた西行法師は、この日から歌を詠むことをやめてしまったと伝えられて いる。 ―34― おはなの山姥 「おはな」「はな」とは、突き出た地形をさすことば。「長崎の鼻」「大串の鼻」「念仏の鼻」、 などの地名が知られている。「お鼻」といえば、象の長い鼻を思い描く。まさに、象の鼻のように 長く海へ突き出たところが「鼻」であり「岬」である。 長く海へ突き出た「鼻」での、あやしい話は数多く語り残されている。「念仏の鼻」へ、山姥が やって来た。山姥といえば、山に住むものと思われがちだが、讃岐の山姥は海辺へもやって来る。 讃岐の山はあまり深くなく、山から海が一望できる。瀬戸内海のぴちぴち魚に、食欲をそそられた のかもしれない。魚を食べると、頭がよくなる、栄養満点。山姥も、頭脳明晰な赤ちゃんを生みた いと思ったのだろう。 さて、念仏の鼻では漁師の親子が焚き火をして休んでいた。そこへ、山姥がそろりそろりと下り て来た。漁師の親子は、わざと気付かないふりをする。 「火、火に、あたらせておくれ」 「・・・・」 漁師の親子は、怖くて声が出ない。ちらちら山姥の顔を見ては、震えている。山姥は、山のおば あさんかと思っていたが、なかなかどうして乳房たっぷり。ぼいんぼいんの胸を震わせながら、火 の側へ寄る。だが、髪の毛には白いものが混じっている。よく太った身体によれよれの着物を着て、 大きな手をにょきりと出して焚き火にあたる。しばらく、黙って火にあたる。漁師の親子も、口 はきけない。 山姥の大きな顔が、ほんのり火照ってきた。黄色い歯を見せ、 「ふーっ、ふーっ」 満足そうに、にたりと笑う。にたリーと笑った山姥の不気味さ、漁師の親子はぞーっと寒気が走 る。漁師の親子は逃げ出したいのだが、足がすくんで動けない。逃げるに逃げられず、ぶるぶる震 えるばかり。 焚き火に暖まった山姥は、にたりにやにや、別に危害は加えない。漁師の親父が、息子にささや いた。 「おい、焚き火で魚を焼こうか」 「えっ、魚を焼く・・・・」 「おう、この火で魚を焼いたらうまいぞ」 「・・・・」 山姥の目が、きらりと輝いた。 「船へ行って、魚、取って来い」 「うん、魚だな」 「そうだ、魚だ。魚は鯛がええ。船へ行って鯛を持って来い」 漁師の親父が息子に命令する。山姥のお腹が、ぐーっと鳴ったよう。息子は、一目散に船へ走っ て行く。親父は、焚き火に大きな木を投げこんだ。ぱちぱちと、火が燃えさかる。すると、息子が 大声で叫んだ。 「親父っ、鯛はどこにあるんだ。ちょっと来て、見てくれんか」 「なに、荷にしとったのが判らんのか。今、行くワ」 親父は、わざとゆっくり立ち上がり船の方へ歩いて行く。船の見えるところまで来た親父は、 「出すぞ。船を、出すぞ。さあ、早くっ」 「おう」 漁師の親子は、力を合わせて船を出した。船を漕ぎ出したら、もう大丈夫。懸命に櫓をこぎなが ら、浜辺を振り返って見た。 浜辺の焚き火を背にして、山姥が真っ赤な顔をして怒っている。 「おのれっ、よくもだましたな」 漁師の親子がほんとうに魚を焼いてくれると思っていた山姥は、よだれ、たらたら。鯛の塩焼な んて、めったに食べられないご馳走。今夜は、鯛の塩焼にありつけると内心よろこんでいたのだ。 だまされたと判って、余計に腹が立って来た。腹も立つが、空腹もはなはだしい。 「鯛を持って来るなどと、よくも騙したな。許せん」 山姥は、波打ち際まで走って行く。でも、船は出たあと。舌打ちをした山姥は、襟元を、さーっ と押し広げた。 ―35― 大きな乳房が、ぼいーんぼいーんと飛び出した。その乳房を手でつかんで、白い乳をぴーゆんと 飛ばす。白い乳が、まるで縄のようになって船に襲いかかる。大きな乳房を両手で絞り、白い乳を 飛ばす。これでもか、これでもかというように、山姥は乳を飛ばす。 白い乳が、船にかかると船は動かなくなる。船が止まると、山姥に乗り込まれる。漁師の親子は、 必死の形相で船を漕ぐ。 「山姥の乳がかかると、大変だ」 「あっ、乳が、飛んで来たっ」 白い乳が、矢のような勢いで船の中へ突き刺さる。親父が、絶叫する。 「包丁を、持って来いっ」 「はっ」 「櫓を漕ぐ手は休めるナ。包丁で、乳の跡をこすれ。力を入れて、削ぎとれっ」 船に飛び散った白い乳を、けんめいに削ぎとるのだが、なかなか取れない。 「なかなか、取れんワ」 「力を入れて、こすれっ」 「親父よ、山姥の乳がかかったら船はどうなるのだ」 「船が絡み取られて、動かんようになる。浜の爺さまが、気つけろと言うとった」 「あっ、また、飛んで来た」 (# さし絵が入る)焚き火にあたる山姥と足がすくんでぶるぶる震える漁師親子 息子と親父は交代で、白い乳を削ぎ落とす。こすり取ってもこすり取っても、白い乳が飛んで来 る。飛んで来た乳は、ぴしゃっと船の中へ飛び散る。ねばっこい乳は、船板にしがみつくように飛 び散る。親父は、船中をはいまわる。這いながら口の中で念仏を唱える。夢中で、念仏を唱えなが ら、乳を削ぎ落とす。櫓を漕ぐ息子も、念仏を唱える。二人は、一心不乱。 「白い乳が、船を絡み取る。蜘蛛の巣にかかった虫のように、船が絡み取られる。くわばら、くわ ばら。なんまいだー」 「親父よ、だいぶ、沖へ出たぞ」 「ああ、白い乳も飛んで来なくなった」 「あー、助かった」 「山姥、見えるか」 「いや、もう、見えんワ」 「見えんか。よく、見てみい」 はるか沖へ出た船から、もう、浜辺は見えない。 「もう、大丈夫だ」 「それにしても、山姥の白い乳はよく飛ぶな。こんな沖まで追っかけて来た」 「爺さまが言うとったが、やっぱり山姥は魔性のものだ」 「親父、そろそろ、帰るとしょうか」 「おう」 漁師の親子は、気を取り直して船を漕ぎ出した。瀬戸内海は、いつもと変わらぬおだやかさであ った。 ―36― 世界は広い むかし、深い山に大きな鳥が住んでいた。大鳥は山の中を飛びまわり、羽根を広げたり閉じたり してうっとり空を見上げる。大鳥の羽根は、片羽を広げると千里。もう一方の羽を広げると、これ また千里の長さ。大鳥は、こんな大きな羽根を持った鳥はどこにもいまいと鼻高々。 「山の中にも住みあきた。二千里の羽根を広げて、飛び立ってみるか」 と、ある朝、ばたばた、ばたと飛び立った。山の小鳥たちが、心配そうに見上げる。 「どこへ、お出かけですか」 「ああ、広い世界を見てみたい。世界漫遊の旅に出る」 「お気をつけて・・・・・・・」 さすが大鳥、大きなことを言うワと小鳥たちは羽根をすぼめる。 一気に飛び立った大鳥、思いきりよく羽根を広げて風に乗る。山から山へ、そして、白い波がし らがさわぐ海上へ出た。羽根にまつわりつく、空気のにおいが変わった。どのくらい飛んだのか、 大きな羽根の動きがにぶくなる。と、海上に柱のようなものが立っている。羽根を休めるには格好 の場所、大鳥はばさばさばさと舞い下りた。 その夜はそこで泊まり、翌朝、また飛び立つ。見渡す限りの大海原、島影は何処にもない。一日 中、羽根を休めることなく飛び続けて、夕方になった。すると、また、海上に柱のようなものが見 える。大鳥は、しめしめと舞い下りて、一泊する。 翌朝、目をさますと柱のようなものが、ぴくぴく動いている。 「俺の髭に止まっているのは、誰だ」 「・・・・・・・・」 「昨日も髭で宿をとったものがいた。また、ゆうべも泊まりおったワ」 大鳥はびっくり。てっきり、海から突き出た柱だと思っていた。 「ひげ、髭とは何だ」 「髭とは、大海老の髭だよ」 「大海老の髭。だとすると、大海老の髭と髭との間を一日かけて飛んで、また、髭に宿をとったのか」 「ああ、大海老の髭と髭との間を一日かけて飛んで、髭にすがって夜を過ごすとは可愛い鳥だナ」 「可愛い鳥だと、馬鹿にするナ。羽根を広げると、片方が千里、もう片方が千里もある」 「あはははっ、両方あわせて二千里か。俺さまの身体は、五千里の大海老だ」 「はっ、五千里もあるのですか」 大鳥は、ちぢこまってしまった。自分より大きいものはいないと思っていたので、声がだんだん 小さくなる。 「大鳥さんよ、お前、これから何処へ行くのだ」 「はあ、広い世界を知ろうと世界漫遊に出かけましたが・・・・・」 「なに、世界漫遊か」 「はい、でも・・・・・・」 「五千里の大海老に会ってびっくりしたナ」 「驚きました。それに、少々恐ろしくなりました」 大鳥は心のなかで、もう山へ帰ろうかなと思いはじめたのである。大海老は、その心のなかを見 ぬくようにささやく。 「広い世界が恐ろしくなったか。山へ帰りたくなったナ」 「はい」 「それじゃ、世界漫遊の旅を大海老さまが引き継いでやろう。どうじゃ、大海老さまにバトンタッ チしないか」 「は、はい」 「そうだろう、そうだろう。大海老さまの髭と髭の間を一日かけて飛ぶようでは、世界漫遊はおぼ つかないワ」 大鳥は、山へ追い返されてしまった。大海老はぴくっぴくっと髭をふるわせては身体を進める。 だが、五千里もある身体を動かせるだけで大事である。 「ああ、疲れた。ちょっと、ひと休み」 と、あっち、こっちでひと休み。ひと休みしているうちに日が暮れた。丁度いいところに、岩が ある。今夜の宿にはもってこいだと、岩の上へあがって身体をのばす。と、岩が動いた。いや、動 いたように思ったが、岩が動くはずがないと、また身体をのばす。だが、おかしい。大海老は、ぴ っりぴっりと身体をふるわせる。なかなか、眠れない。ベッドが変わると寝つかれな ―37― いというが、世界漫遊に出た大海老も七転八倒。寝ないと明日が疲れると、思えば思うほど寝つか れない。ああっと、大海老は寝返りを打った。そのときである。岩が、ぐらっと動いた。 「誰だ、背中でばたばたするのは・・・・」 岩だと思ったのは、亀の背中だったのだ。 「あっ、失礼しました、あなたの背中とは存じませんでした・・・・・」 「お前は、誰だ」 「ははっ、大海老です。身体が五千里もある大海老です」 「なに、大海老か。だが、大海老がどうしてここにいるのだ」 「実は、羽根が二千里もある大鳥とバトンタッチしまして、世界漫遊をする途中です」 「なに、世界漫遊、おもしろそうだナ」 「はあ、でも、世界漫遊の旅は疲れます。しかし、あなたも大きいですな」 「そうか、大きいと思うか。俺さまの身体は、一万里ある」 「一万里の大亀さんですか。かなわないナ」 五千里の大海老は、世界漫遊の旅を一万里の大亀にバトンタッチしたくなってきた。 「どうですか、世界漫遊の旅に出てみませんか」 「そうだな、五千里の大海老には、ちょっと荷が重いか」 (# さし絵が入る)大海老の髭と髭の間を飛ぶ両羽根で二千里の大鳥 「引き受けてくれますか。引き受けてもらえると、私はふるさとの海へ帰ります」 一万里の大亀、世界漫遊の旅に出ることにする。大亀は家族にこのことを相談すると、みんなが 大反対。子亀も孫亀も、亀という亀が大反対。その反対を振り切って、世界漫遊の旅に出た。 大亀は、自分のペースを崩さず前進する。ゆっくりと確実に、旅の日々を過ごす。だが、夜にな るとちょっぴり淋しくなる。ふるさと恋しの念が、むっくり頭をもたげてくる。 その日も、朝早くからのっそりのっそりと前へ進む。大分進んだと思うのだが、世界は広い。そ の果てへ行き着くことはできない。夜になって、海は嵐となった。風さわぐ浜辺の小山の影へ一万 里の身体を寄せて、風がおさまるのを待つ。と、小山が振動する。強風のせいかと思い、じーっと 我慢をする。すると、今度は、小山が鳴動する。 「お前は、誰だ。何をしているのだ」 一万里の大亀は、手も足も首もすくめてしまった。また、声がする。 「俺の身体の上で、何をしているのだ」 「・・・・・・」 一万里の大亀は、身体をすくめたまま声も出ない。 「俺は、はまぐりだ。身体は、二万里ある。少々のことは気にしないが、無断ではいあがられては 困る」 「お、お許しを・・・・実は世界漫遊の旅に出た大亀です。世界のことはよく判りましたから、も う、ふるさとへ引き上げます」 と、一万里の大亀は、早々に立ち去った。はまぐりは、にんまり。 「一万里の大亀とは、小さい小さい。気も小さいワ。それにひきかえ、俺さまは二万里の大はまぐ り。世界一の大きさだ」 と、ぞろりぞろぞろ、砂浜へはい出した。そこへ、子供が駆けてきた。はまぐりを見つけた子供 が、大蛤をぽーんと籠の中へ放り込んだ。 ―38― うまい話二題 銭の糞 馬は神さまの乗りものとして神聖化された話も多いが、身近な家畜としての民話もおもしろい。 「銭ひり馬」の話である。銭をひる、お金を出す馬の民話である。民話のなかには、大話もあれば 笑い話もある。もちろん、金もうけの話、貧乏者が大金持ちになった話もある。 さて、むかしむかし、新田に男が住んでいた。男の名は、乙助。ある日のこと、乙助は高松のご 城下へ買い物に出かけた。 新田から、松島を通りご城下までの道をいそいでいると、松島のあたりで大勢の人が寄り集まっ ている。わいわい、ガヤガヤ、大さわぎ。 「何ごとですか」 「さあ―、何でしょう」 乙助、人垣の外からのぞいて見た。人垣のなかで、今にも息絶えそうな馬がいるではないか。馬 を取り囲んで、騒いでいるのだ。 「この馬、買う者はいないか」 「・・・・・・」 誰も手を出さない。 「ただでもいいから、買ってくれっ」 「死にそうな馬、ただでもいらんワ」 「馬鹿、まだ、生きとるワ」 馬が、かすかに動いたよう。 「どうや、生きとるだろうが・・・・・。そこのおっさん、ただで買う気はないか」 みんな、知らん顔して声はださない。乙助思わず、声を上げてしまった。 「よし。この馬、買った」 「よし。この馬、売った」 乙助、ただで買った馬の側へ寄ってみると、馬が馬面をもたげてくる。 「なになに、水が飲みたいのか。そうかそうか」 乙助、馬の介抱をしていると、馬が、餅がほしいと言う。乙助、すべりの餅屋で餅を買ってきて、 馬に食べさせた。餅のなかに銅銭を、押し込んでは馬に食べさせる。ぱくぱく食べた馬は、少し元 気になってきた。乙助は、元気になった馬を引いて帰り、馬小屋へ繋いでおいた。 翌朝、馬小屋へ行ってみると、馬が糞をしている。よくよく見ると、糞のなかに銭が一枚、二枚 混じっている。乙助は、大声をあげて、おっさんの家へ走って行った。 「おっさん、おっさん、おおごとじゃ」 「大きな声たてて、どうしたのじゃ」 「馬が、銭の糞をしている。銭の糞、ぽたぽた、落としている」 「嘘、ぬかすナ。お前のところに馬など、おらんワ」 「昨日、馬、買ったのだ。その馬が、銭の入った糞をするのだ」 「嘘だっ」 「おっさん、見てみるか」 と、乙助はおっさんを馬小屋へ連れて来た。すると、馬がぽたりぽたりと大きいものを落とした。 竹べらでさぐって見ると、なかに銅銭が混じっている。おっさん、急にこの馬が欲しくなってきた。 「乙助、この馬、売ってくれ」 「銭入り糞をする馬だ、高いぞ」 乙助、おっさんに馬を売り渡して、ほくほく顔。 一方、おっさんは馬を引いて帰って、麦や干草など大好物をたっぷり食べさせる。 「もっと食べろ、もっと食べろ」 大盛りの餌を食べて、馬はすっかり元気になった。だが、どうしたことか、大糞は落とすのだが、 銭は出てこない。おっさん、乙助のところへやって来た。 「おい、あの馬、銭の入った糞せんではないか」 「おっさん、馬に何食べさせた」 「麦や、人参だ」 「おっさん、餌に銭入れたんか、入れんのか。餌に銭入れんと、銭入り糞はせんぞ」「・・・・・・」 おっさん、乙助にいっぱいくわされたよう。うまい話は、そうそう転がってはいない。 ―39― 水が酒になった むかし、働き者の男と、老いた父が二人で暮らしていた。働いても働いても貧しい暮らしなのだ が、酒好きの父親のために、酒は必ず用意する。夕食の膳に、一本つけるのがたのしみだった。だ が、あまりの貧しさに、酒が買えない日々が続いた。 男は山仕事からの帰り道、 「ああ、今日も酒が買えなかった」 と、とぼとぼ坂道を下る。薪をいっぱい背負っていたので、苔に足をすべらせ転んでしまった。 起き上がろうとすると、どこからともなく、いい香りがただよう。酒の匂いではないか。こんな山 のなかでとおもうのだが、やっぱり酒の匂い。たまらなく、いい匂いなのだ。耳をすませると、水 の音も聞こえてくる。とくとく、とくという音に誘われるように、男は歩きはじめた。苔にうずま った岩、岩と岩とのあいだから流れ出る水、清らかな流れに男は目をみはった。そして、両手を差 し入れひとすくいすくって飲んでみた。 「えっ、こりゃ。水のはずだが・・・・」 酒の味がする。男は、もうひとすくい、水を飲む。 「やっぱり、酒ではないか。水が酒、酒が水なのか」 何度飲んでも、水は酒である。水だと思ったのに、水は酒だった。男は、水をふくべに汲んで帰 った。 帰宅して、夕食の膳にそっと、ふくべを置いた。水、かもしれない。山の清水が、酒であるわけ がない。いやいや、男が飲んだときは、酒だった。 年老いた父親は、にこにこ顔でふくべを持ち上げた。 「ああ、いい酒だ。うまいな、この酒」 喉を鳴らせて、酒を飲む。 「ああ、うまい。これは今まで飲んだこともないような、上等の酒だワ」 父親は、上機嫌。男は、にやにや。こんなことがあってから、男は毎日、山の清水を汲んで帰っ た。父親は、大よろこび。いい息子を持ったことを、感謝していた。 山の清水の酒の話は、山から里へと伝わっていった。噂は、国中に広がり、天皇のお耳にも達し た。天皇がわざわざ行幸になり、この水を「養老の滝」と名付けられた。そして、男の孝心をこと のほか褒められ、年号も「養老」と改められたという。 さて、この養老改元は歴史的な事実なのだが、そっくり同じ話が香川県下にも語られている。 親孝行な息子が、山の清水を汲んで帰ると、水が酒になっていた。ここまではいいのだが、その 水すなわち酒を独り占めにしようとした人がいた。酒を大量に汲んで帰り、大儲けを企てた。がっ ぽ、がっぽ、水を汲みあげる。ところが、山の清水が流れて来なくなる。清水は、涸れて出なくな ってしまった。いつの世にも、欲深い人は大勢いるもの。 「ちえっ、水も出なくなったワ」 「一人で儲けようと、あんまり欲張るからですよっ」 うまい話は、そうそうあるものではない。 (# さし絵が入る)今にも息絶えそうな馬を買う乙助 ―40― 福の神と貧乏神 道の十字路には、摩訶不思議なものがたりが存在する。道といってもハイウェイや、国道ではな い。家並みの続く生活道である。どこからともなく、花の匂いがぷーんとただよう。魚を焼くにお い、里芋の煮っころがしを焦がしたような匂いも入りまじる。生活様式が変化したとはいうものの、 まだまだ存在するなつかしい道。 さて、経済大国の日本には福の神だけ。貧乏神は住みづらくなったと思っていたが、どっこい健 在。貧乏神が腰をすえて動かぬ家もあるらしい。あるらしいと、はなはだあいまいな表現で恐れ入 るが、わたしは貧乏神に逢ったことはない。まして、インタビューをしたこともない。だが、貧乏 神の話はいやというほど聞かされた。これらの話を総合してみると、貧乏神のスタイルが浮かびあ がってくる。 貧乏神は、あまり大きな神さまではない。豆のように、小さい爺さまだとも言う。小さい爺さま だから、押入れの隅、物置の蔭に隠れている。痩せて小さな爺さまが、ぐんぐん大きくなる家があ る。それは、怠けものの女房のいる家。掃除洗濯、大嫌い。ボランティアも大きらい。おしゃべり は、大好き。それも、悪口大好きな女性のいる家では、貧乏神が肥り出す。むくむく肥って、家計 を喰いつぶす。ご亭主がいくら稼いでも、どうにもならない。 貧乏神肥大の栄養源は、おしゃべり、いさかい、いじわる、けちんぼ、けなしあい。泣いて、わ めいて、大あばれ。病い神、もの隠し神、もの忘れ神とも大の仲良し。と言うのだからもう始末に おえない。 貧乏神は、垢付大明神。垢てらてら、ふけばらばら。不精髭に、ボロをまとって、ひょろひょろ。 火車という、横車を乗り廻す。追突でもされようものなら、もう、さんざん。さわらぬ神にたた りなし、である。 こんな貧乏神は、もうたくさん。早く追い出してしまいたいと思う人は多い。チャンス到来。長 らく住みなれた家を出て行くのが、大晦日である。貧乏神と福の神が交代をするのが、大晦日の夜。 ある地区では、節分の夜だともいう。 大晦日の夜、家の当主がホウキを用意する。ホウキはハハキ、呪力がある。ホウキを持って、道 の十字路に立つ。十字路のはるか彼方から、福の神がやって来る。福の神のお姿が見えると、ホウ キを振り上げて「えいっ」と、福の神を叩く。軽くタッチして、福の神を招き入れる。貧乏神は、 掃き出してしまい万万歳である。 さぬきの男、今年こそ貧乏神と縁を切りたいとホウキを持って四つ辻へ立った。すると、はるか むこうから、白馬にまたがった神さまが威風堂々とやって来られる。目もくらむような、尊いお姿 。さぬきの男は、「ははーっ」と、ひれ伏してしまった。神さまは、ぱかぱか、ぱかと通り過ぎて 行かれた。 さぬきの男は、はっと気がついた。 「あっ、しまった。福の神さまをホウキで叩けと、いわれていたワ」 あとのまつりである。さぬきの男、気をとりなおしてホウキを構えた。四つ辻の闇は、ふかい。 白い馬に乗った神さまは、闇のなかへ浮かぶようにお出ましになられた。だから、目につきやすか った、しかし、この暗さ。神さま、出現を見落とすかもしれない。男は、気が気でない。 「あっ、人の気配がする・・・・」 さぬきの男は、目をこらして身構える。 「あっ。なーんだ。あれは、隣村の男ではないか。さては、ここまで福の神を迎えに来たのか」 こりゃ、油断ができぬと男は、なおも目を凝らす。そのときである。隣村の男がこそこそ逃げ出 すではないか。 「なんで、逃げるのだっ」 さぬきの男は、隣村の男が逃げた跡をすかすようにして見つめる。すると、竹筒が一本捨ててある。 「こりゃ、なんだ」 さぬきの男、手で拾おうかとおもったが、足で蹴りあげた。 「おかしなものを忘れていったな。まてまて、捨てて行ったのかもしれないワ。ぽーん」 四つ辻の一方は下り坂になっていた ―41― ので、竹筒はころころ転げて行った。そして、大きなお屋敷の前で止まった。 止まった竹筒が、また、ころりと動く。さぬきの男は、「うぬっ」と思った。平たいところに止 まった竹筒が、ごそごそ動くわけがない。だのに、竹筒は一回転。ますます、あやしい。さぬきの 男は、もう一度竹筒を蹴りあげようと思って足を差し出したとき、竹筒の端から妙なものが見えて 来た。芋虫のようなものが、出たり引っ込んだり。竹筒の縁をつかんで、ぬーっと真っ黒いものが はい出して来た。 「きゃっ。こりゃ、なんだっ」 竹筒のなかからはい出してきたのは、貧乏神だったのだ。手が出て、足が出て、むくむく貧乏神 の全身が見えて来た。さぬきの男は、息をのんで見守る。 竹筒から出て来た貧乏神は、ぷんぷん怒っている。 「おのれっ、オレサマを竹筒に詰め栓をして、四つ辻へ捨てくさった。許せんっ」 さぬきの男は、見っからないように身体を縮める。それにしても、貧乏神を捨てるときは竹筒に 詰めて大栓をして捨てればいいのかと男は考える。だが、貧乏神を竹筒に詰めるときはどうするの だろう。こりゃ、隣村の男に聞かねばなるまいと思った。 と、そのときである。竹筒から抜け出した貧乏神は、 「イヒヒッ。今年はこのご大家に住み着くことにしょう。こりゃ、住み心地がよさそうだイヒヒッ」 と、大門の屋敷へ忍び込んでしまった。大門のお屋敷も、貧乏神に住み着かれるとひとたまりも あるまい。 さぬきの男は、ぶるぶる。ホウキを構えてひたすら、福の神の到来を待った。すると、四つ辻の 闇のなかから、神さまが、ひょこひょこ歩いていらっしゃる。 「ウォークの神さまもいらっしゃるのか」 さぬきの男は、なんとなく楽しくなったきた。白馬にまたがった神さまは、タッチしにくかった が歩いていらっしゃると好都合。叩き、やすい。 さぬきの男は、ホウキを構えてぽい、ぽい、ぽい。しかし、様子がおかしい。歩きの神さまは頭 をかかえて、にたにたにた。威風堂々とした、威厳がない。 「あっ。こりゃ、貧乏神かっ」 「ああー」 「やっぱり、貧乏神だ」 「そうだ。今年はお前の家から出て行こうと思っていたのに・・・・。ホウキで招かれ、逆もどりだ」 「違う。間違ったのだ」 「まあ、いいではないか。お前は、貧乏神のオレサマが大好きなのだ。仲良くしよう」 「しまった。しくじった。だが、来年こそは必ず追い出してやるっ」 四つ辻の東の空が、真新しい色に染まりはじめた。 (# さし絵が入る) 大門のお屋敷の前で竹筒から出て来る貧乏神と白馬にまたがった福の神 ―42― 猫のはなし 猫山 むかし、内田のお寺に、猫を飼っていた。長年飼っていた猫の、様子がおかしい。よくよく見る と、猫の尻尾のふしが三十三になっている。お坊さんはびっくりしたが、騒がない。 「ふーん。ミーも、猫又になったか」 猫又になると、もう寺で飼うことはできない。さて、どうしたものかと、お坊さんは考える。 ある朝、お坊さんが衣桁に掛けていた衣の裾が濡れている。どうしたことか、次の朝も濡れてい る。ふしぎだなと思いながら、過ごしていた。そんなある夜のこと、お坊さんの衣をひっぱるもの がいる。よくよく見ると、飼い猫のミーが衣を着て出かけようとしている。 「ミーよ。お前、私のきものを着て、どこへ行くのだ」 「はっ、はい。見っかってしまいましたか。実は、猫又の修行に毎晩出かけています」 「なに、猫又の修行か」 「はい。なかなか、きびしゅうございます」 「そうか。しかし、その衣は私の一番いい衣だ。別の衣を上げよう」 と、お坊さんは、猫のミーに古い衣を与えたのである。猫は、その衣を着て、毎晩修行に出かけ ていた。ところが、その古い衣が破れてしまった。 ある日のこと、猫のミーがささやく。 「長々とありがとうございました。おかげさまで、修行を終えることができました」「なになに、 猫又の修行を終えたのか」 「はいっ」 「そうか」 ついては、お坊さんにお礼がしたい。これは内緒のことだが、近いうちに葬式がある。是非とも その葬式に出て欲しい、と言う。おかしなことを言う猫だなと思いながら、お坊さんは聞いた。 「ああ、わかった。ところで、葬式に出るとどうなるのだ」 「はい。その日は上天気なのですが、出棺のころ雨が降り出し、雷が鳴って大騒ぎとなります。し かし、お坊さんは、騒がないでください」 「どうしてだ」 「雷鳴のなか猫又が死骸をくわえて、松の大木に登ります・・・・・・・」 「えっ」 「お坊さん、あなたは騒がないでお念仏を唱えてください。すると、猫又が、死骸を返しますから ・・・・・・。他のお坊さんが拝んでも、死骸は返りません」 「・・・・・・」 「長らくお世話になったご恩返しがしたいのです」 猫のミーが、まるで人が話すように、お坊さんにささやく。お坊さんは、猫も修行を積むとこう なるのか不思議がる。 「ところで、ミーよ、お前は寺を出てどこへ行くのだ」 「はい。猫山へ行きます」 「そうか、猫山へ行くのか」 「猫山には、いっぱい仲間がいますから」 「仲間がいるのなら、土産がいるだろう」 「はっ」 「遠慮なく言うてみい」 「では、遠慮なく言います。小豆飯を、三斗三升炊いて送ってください」 猫を追い出すときは、小豆飯を炊いて食べさせるとは聞いていたが、あれは本当だったのだとお 坊さんは思った。小豆飯だけではなく、油揚げも付けて置こう。 「ミーよ、小豆飯はどこへ送ればいいのだ」 「たかんぼさんの向こうに猫山があるでしょう。猫山に、大きな岩があります。そこまで、届けて ください」 「猫山の、岩の上だな」 ―43― 「そして、うしろを見ないで帰ってください。決して、うしろは振り向かないこと」 お坊さん、猫のミーと約束した通り、小豆飯を猫山まで届けたのである。 猫のミーとの約束は守ったお坊さん、お葬式のことは忘れるともなく忘れていた。そんなある日、 内田の旦那さんが亡くなられた。お坊さんは葬式に呼ばれ野辺でお経を読んでいると、にわかの大 雨。風が吹き雷鳴が轟きわたる。会葬者は、怖れおののいた。 嵐のなか、内田の旦那さんの死骸が何者かによって奪われてしまった。一瞬、のことだった。誰 もたしかなことが、わからない。だが、死骸が消えている。一族すべてが、大騒ぎ。雨はますます 激しく、雷鳴が物凄く響く。野辺のおくりは、めちゃめちゃである。 お坊さん、ずぶ濡れになってつぶやく。 「ははー、ミーの言うていたことはこのことか。しかし、猫又とはすごい力を持っているものだな」 感心ばかりしてはいられない。心眼を開いて見てみると、恐ろしげな猫又が死骸を抱えて睨んで いる。お坊さんは、渾身の力をこめて、叫んだ。 死骸は、無事、お坊さんの手に返されたのである。あれほど激しかった雨も雷鳴も消えて、ふた たび太陽がかがやく。 「まあまあ、一時はどうなることかと思いましたが、無事お葬式も済みました」 と、内田の旦那さんの家族はお礼をのべ、たっぷりとお布施を差し出した。貧乏寺のお坊さんは、 それからおいおい暮らしがゆたかになって来たという噂である。 キュウソ退治 猫又の話は、香川県下でいくつも採取されている。そのなかのひとつ大滝寺の話である。 大滝寺のお坊さんも、衣桁のかけて置いた衣の裾が濡れているのを不思議に思っていた。そんな ある日、お坊さんは峠を越えてお寺への道を急いでいた。すると、薄暗くなった峠のほとりで、ぼ そぼそ、声がする。一体、誰だろうと耳を澄ませた。 「まだ、タキジが、来んな」 「はっ・・・・・・」 お坊さん、「えっ」と思った。タキジとは、誰だろう。お坊さんは大滝寺への帰り道を急いでい るのだ。日がとっぷり暮れたころ寺へ帰り、衣を着替えて台所へ立った。すると、飼い猫が、お坊 さんが着替えた衣を着て出かけようとする。ありゃ、何だと思ったが、その夜は見過ごした。翌朝、 衣の裾が濡れている。 お坊さん、さっそく猫を呼んできびしく申し渡した。 「お前は、猫又になったナ。もう、お寺で飼うことはできんぞ」 猫は、しょんぼりとしている。訴えるような目をして、お坊さんにすりよる。 「ニヤー、出て行きます。ですが、二日間待ってください。必ず、出て行きますから」 「どうして、二日、待つのだ」 「実は、猫又の修行を積んで退治したいキュウソがいるのです」 「なに、キュウソとな」 「はい。キュソとは、お寺を食いつぶす大鼠です。あれを退治しないと、いけません。お坊さん、 二日ほど留守にしてください」 「二日、お寺をあけるといいのだな。留守のするといいのだな」 「ニヤー」 猫とお坊さんは、固い約束を交わした。猫とキュソの戦いがどんなに激しいものであったのか、 誰も見た者がいないので語ることができない。とにかく、キュウソとは猫より大きい鼠だという。 そのキュウソを退治して、大滝寺の猫はいなくなってしまった。猫山へ登ったのだという、噂で ある。 ―44― 仁王さん 仁王と大力の力くらべ 力自慢の仁王が天竺へ力くらべに行くという。 「讃岐の仁王さんより力の強い男って、何処にいるのですか」 「あら、あなた知らないの。それはそれは力の強い男が、天竺にいるそうですよ」 「天竺って、何処ですか」 「遠いところだと聞いています。天竺の力持ちは、大力と名乗っています」 「でも、讃岐の仁王さんは負けませんよ」 里のうわさを聞いた観音さまが心配して、刃物を届けてくれた。身を守るために、刃物を持って 行くようにという。 どっし、どっし、仁王さんは旅立った。天竺の大力と、力くらべをしょうというのだ。海のかな たの天竺までは、かなりの距離。仁王さんは、闘志をもやして旅をする。 どっしどっし、のっそのっそと仁王は、天竺へやって来た。そして、大力の家の前で叫んだ。そ の叫び声の大きいこと。あたりへ、びんびんこだまする。あまりの大声にたまりかねた、女が姿を みせた。 「大力どのは、ご在宅か」 「今、出かけています。しばらく、お待ちください」 姿をみせた女は、大力の妹だという。遠いところをよくいらっしゃいました。お待ちいただく間 に、お茶など差し上げましょうと、大力の妹は気をつかう。それはかたじけないと、仁王はいい気 分になってきた。 大力の妹が、しずしずとお茶をささげ持ってくる。しかし、その茶碗の大きさはどうだろう。妹 の頭も顔もすっぽり入るくらいの大茶碗。大茶碗をささげ持った妹は、涼しい顔でお茶をすすめる 。進められたお茶を見て、仁王はびっくり。茶碗は石茶碗である。岩石をぐりっとくりぬいたよう な、石茶碗。仁王は、力をこめて石茶碗を持ちあげようとするのだが、びくともしない。もう一度 、力を入れなおして石茶碗を持ったが、根が生えたように動かない。 仁王は何くそと両手で石茶碗を持ち上げ、やっとのことでお茶を飲む。油断をしていると、石茶 碗につぶされそうになる。大汗をかいてお茶を飲み終えた。 「もう一服、いかがでございますか」 「いや、もう、結構っ」 仁王は汗びっしょり、汗を拭きながら、庭を眺める。庭石の上に、大きな庭下駄がそろえて置い てある。 「何っ、あれも石、石下駄か。こりゃ、たまらん」 八栗の天狗が、一つ歯の鉄の下駄をはくのは知っていた。これもかなりの重量である。だが、天 狗の鉄下駄より大きい。仁王は、そっと立ち上がってするりと家を抜け出した。こりゃ、かなわん と思ったのである。そのとき、大声が響いた。 「待たれいっ」 大力が、帰ってきたのだ。逃げ出そうとする仁王を、追ってくる。仁王は、さっきよりもっと恐 ろしくなり、近くにあった藤の木に隠れた。そして、藤の木の下にある井戸へ大きな石を「どぼー ん」と落としこんで、藤蔓の茂みに身を隠した。 天竺の大力は、仁王が井戸へ落ちたと思い井戸をのぞきこんでいる。井戸のなかの、水面に影が 揺れる。大力は、何度も井戸をのぞきこむ。そのすきに、仁王は船に乗り込んだ。船を出せば、脱 出成功である。天竺の大力は、そうはさせまいと追っかける。 大海原へ、船が出て行く。大力は、えーっとばかり鎖を投げた。鎖の先には、鉄の分銅がついて いる。その分銅を、仁王の船に投げ込んだのである。船あしが、急に鈍くなる。船が、前へ進まな い。大力が、鉄の鎖をぐいぐいっとたぐりよせようとする。ああー、これまでと思ったとき仁王は 、観音さ ―45― まに貰った刃物を思い出した。 「そうだ、観音さまの刃物があるっ」 仁王は、観音さまの刃物を取り出し、鉄の鎖をごりごり切りはじめた。しかし、鉄の鎖である。 大根を切るようなわけにはゆかない。力をこめて、ごりごり。この鎖を切らなければ、船がからみ 取られてしまう。仁王は、一心不乱。ごりごりと観音さまの刃物で、八度こすると、鎖が切れたの である。鎖に繋がれていた分銅を海中へ投げ込むと、急に船あしは早くなる。 「助かったっ」 仁王は、にんまり。胸をなぜおろした。さてさて、観音さまにいただいた刃物で、八度こすって 鎖を切ったことから、「ヤスリ」という名が生まれたという。 讃岐へ帰った仁王さんは、今でもこのヤスリを手離さず持っていらっしゃる。さらに、身体には 藤の蔦を巻きつけ、お立ちになっていらっしゃるとか。 仁王とがまん 仁王の話は、まだ続く。天竺には、「がまん」という力持ちがいるといううわさ。仁王さん、ま たまた、力くらべに出かけたくなった。仁王さんは、長年にわたり、相撲の修業を重ねて横綱クラ ス。力にも技にも自信があった。 はるばる、天竺までやってきた。がまんの家へ行くと、おばあさんが留守番をしている。 「せがれのがまんは、山へ出かけている。しばらく待つかい」 「おう。待たせてもらおう」 仁王は、がまんの家へ座り込んだ。家の中をじろりと見渡したところ、太い鉄の棒が二本ころが してある。 「婆さま、この鉄棒は何だ」 「ああ、これか。がまんの箸だ」 鬼の鉄棒より太い。すごいな、と思った。鉄棒のかたわらに、岩石のかたまりがある。 「家に中に岩石がある。邪魔にならないのか」 「何を言うか。そりゃ、がまんの茶碗だ」 「なにっ、茶碗だと、石茶碗か」 仁王は、またまた驚いた。こりゃかなわんと思ったが、口には出さない。しばらくして、がまん が地響きをたてて帰って来た。 いざ、組もうと、仁王とがまんが相撲を取りはじめた。仁王は、あっさり投げ飛ばされてしまっ た。もう一番と、仁王は、がまんにしがみつく。が、つり出されてしまった。 仁王は、くやしくてたまらない。三度目は、日本の神仏に祈願をかけた。 「われに、力を与えたまえ」 がまんとの勝負に勝つことができたら、むにゃむにゃむにゃと、仁王は神仏とある約束をした。 そして三度目の相撲となった。 勝負あり。仁王は、がまんを押し出した。神仏が、仁王に加勢したのである。むにゃむにゃ何や ら約束したとおり、帰国後、仁王はその約束を果たしたのである。 約束とは、ご本尊さまをお守りしましょうと門前でいかめしい姿を見せるようになったというの だ。仁王さんのいらっしゃる門を、仁王門と呼ぶ。はったと諸悪を睨みつけた仁王さんに、こんな 民話が隠されていた。 「仁王と大力の力くらべ」は、県境の山里で聞かせて貰った。「仁王とがまん」は、瀬戸内の島々 で聞いた話をまとめたもの。なお、仁王さんの話はこの他にも多い。 (# さし絵が入る)どっしどっしのっそのっそと力くらべに行く仁王さん ―46― 歌くらべ 四国霊場札所の寺に、歌詠み幽霊が出るという。旅のお坊さんが宿を借りると、さめざめと泣く 女がいる。女は泣きながら、 「水も浮世をいとうものかな」 と、言う。お坊さん、これは歌の下の句だな、上の句ができなくて迷ってでたのかと思い、上の 句をつけてあげることにする。 「墨染を洗えば波もころも着て 水も浮世をいとうものかな」 歌が完全にできると、泣き声はぴたりとやんで、それから妖しいことはなくなったという。 この他にも、歌問答の民話は多い。 今宵の月は 旅のお坊さんが四国へやってきた。あっちこっち修業して廻っている途中のこと、峠道を越えよ うとしてふと考える。今から峠を越えると、日が暮れてしまう。今夜は峠の村で、宿をとることに しょうか。いやいや、まだ日は高い。こんなに早く宿に入ることはできない。もうひとふんばりし て、峠を越えてから宿をとろうと考えなおして、すたすた歩く。旅なれたお坊さんは速足、風に乗 るようにして歩く。だが、峠道を下るころには、とっぷり日が暮れてしまった。 「ああ、やっぱり日が暮れた。こりゃ、宿を探すのは無理だろうな」 どこかお堂でもないだろうかと、あたりを見回す。夜露に濡れての野宿は、身体に悪い。作業小 屋でもないものかと探してみたが、見当たらない。見当たらないまま、峠道をさっさっと下ってき た。 「あっ、寺がある。塀が崩れているところを見ると無住らしいナ。今夜は、ここでご厄介になろう」 と、荒れた寺の中へ入る。人っけもない本堂は、黴くさくてだだっ広い。 どれくらいたっただろう。お坊さんがうとうとしはじめたとき、かさかさ、音がする。かさかさ、 こそこそ、音がするものの、人の気配は感じられない。お坊さん、人っ気がないのに音がすると、 寺の奥をのぞきこんでびっくり仰天。だが、声はたてない。寺の奥座敷で十数人の人が、まわる く輪になって座っている。 「あれっ、亡者たちか・・・・」 亡者たち数人が「はて、はて」と苦しんでいるのだ。お坊さん、何を苦しんでいるのかと聞き耳 をたててみた。 「今宵の月は中空にあり・・・・。この歌の上の句がつけられません。うん、うん」 お坊さん、歌詠み幽霊たちだなと思った。と、そのとき、 「旅人っよ、旅のお坊さんっ。この歌の上の句をつけてみよ。上の句がつけられなかったら・・・・」 歌ができなかったときには、帰すことはできない。亡者の仲間入り、命はないぞという。仏法の 修行も大切、だが、歌の道の修行もこれまた大切。お坊さんは、すらすらと上の句を詠んだ。 「宿るべき水は氷に閉ざされて・・・・」亡者たちすべてが声をあげる。 「宿るべき水は氷に閉ざされて 今宵の月は中空にあり」 「見事じゃ。見事な歌じゃ」 「ありがとうございました」 亡者たちが、並んで礼をいう。お坊さんが念仏を唱えはじめると、亡者の姿は消えてしまった。 夜も明けそめるころ、旅のお坊さんは何事もなかったように旅立ったという。 何にこりりん 四国のお寺で、小坊主三人が修行に励んでいた。三人の小坊主は、それぞれ生まれたところも育 ったところも違 ―47― う。一人は農家の出。どうしてもお坊さんになりたくて、寺へ入った。二人目は武家の出であった 。戦いで父を亡くし、幼くして母とも死別していた。三人目は、商家の出であった。 お坊さんは、三人の仏弟子を可愛がっていた。だが、修行はきびしい。ある日のこと、小坊主が 集まって、話合う。 「お寺のおりんは、とってもいい音がする」 「あのおりんは、お坊さんの宝物だ。高価なものだと聞いている」 「そうか、高価なおりんか。でも、あのおりん、一度でいいから叩いてみたい」 小坊主たち、お寺のおりんが欲しくてたまらない。美しい響きのおりんでおつとめをすると、経 文もありがたく聞こえる。 「あのおりん、お坊さんにおねだりしてみようか。駄目だとは思うが・・・・」 「駄目でもともと、お願いしてみるか」 「そうだ、そうだ」 と、三人の小坊主たち、美しい音色のおりんが欲しいと申し出た。お坊さん、びっくりしたもの の、「そうか、そうか」と、うなずいた。そして、 「そんなに、おりんが欲しいのか。じゃ、歌を詠んでみい。おりんをうまく詠みこんだ者に、おり んを上げよう」 お坊さんの言葉に、小坊主たちは頭をかかえる。 (# さし絵が入る)荒れた寺の奥座敷で輪になった亡者たちと旅のお坊さん 「はーい。できました」 一番目は農家の出の小坊主が手を上げた。 「ぐつぐつわいたる麦飯も 三杯食えば腹はぽちりん」 「うーん。腹がぽちりん・・・・」 お気に召さないよう。 「はい。できました」 二番目に武家の出の小坊主が手を上げた。 「打ち放したる首は ぽちりん」 「なになに、首がぽちりんだと・・・・」 これもお気に召さないよう。しばらく、皆無言。三番目にやっと手を上げたのが、商家の出の小 坊主。 「利に利が・・・・」 「りにりが、どうしたと言うのだ。もっと大きい声で言いなさい」 「利に利がつもって 小判ぽちりん」 「小判、ぽちりん・・・・か。まだ、修行が足りんな。歌の修行もなってないワ」 お坊さん、溜め息をついて立ち上がり、小坊主たちの顔を見渡した。そして、大きな声で歌を詠 みあげた。 「りんりんと三つのりんに責められて これにこりずに何にこりりん」 「・・・・・・」 小坊主たちは、ぽかーん。お坊さん、だれにもおりんを渡さなかったとか。 ―48― 無辺さん 無辺さん井戸を掘る 福栄の山(大川郡白鳥町)に、無辺(むへん)さんというお坊さんが住んでいた。無辺さんは、夏も 冬も柿色のきもの一枚だけを着て、藁縄の帯を締めている。藁縄の結び目に鎌を一本さして、飛ぶ ように速く歩く。 「あら、無辺さん、お出かけでしたか」 「ああ、ちょっと大和の大峰山まで出かけとりました」 「まあ、大峰山へ、ですか」 村人はびっくり。讃岐から大和の大峰山まで、一晩で往復してしらん顔。朝はいつもどおりの日 課をこなす。 ある年のこと日照り続きで雨が降らない。村人たちは、困り果てて空を見上げてつぶやく。 「ああ、困ったナ。今年は雨が降らず大旱魃だ。井戸が、からからじゃ」 「なに、井戸が干上がったとか」 「無辺さん、どうにかなりませんか」 「うーん」 無辺さん、何かさがしものをするように神社の森へ入って行く。 「うーん、うん。ここらあたりだ」 無辺さん、拳で地面をとんとん叩く。すると、地面が少し湿って、水が涌いてきた。 「おーい。無辺さんが、水を呼んでくれたぞーっ」 「ありがたいことじゃ」 「無辺さんが掘った、無辺井戸じゃ」 村人たちは、大よろこび。不思議なことに無辺井戸の水は、涸れることのないおいしい水だった。 こんな噂が、あっちこっちへ広がって行く。水不足の村から井戸掘りを頼まれると、無辺さんは 「はい、はい」と、出かけて行き水を呼ぶ。無辺さんは、水の湧き出るところがわかるらしい。「 無辺井戸」は、現在も各地に残っている。 村人たちは、悩みごとがあると無辺さんに相談する。その年は、水稲に害虫がついてしまった。 「無辺さん、稲に害虫がついて困っています。なんぞ、駆除方法はないものですか」 「うーん、うん」 無辺さん、稲穂が垂れた田圃へ出て、なにやら、むにゃむにゃむにゃ。あっちの田圃でもむにゃ むにゃ。こっちの田圃でも、むにゃむにゃ。無辺さんがご祈祷すると、効果はてきめん。 「あれ、害虫がいなくなった。無辺さんが祈ってくれたおかげじゃ」 「ありがたい。これで豊作まちがいなし」 こうして無辺さんは、多くの村人たちを助けた。だから、無辺さんがやってくると村人たちは大 歓迎。 「さあさあ、どうぞ。おかけください」 と、臼の上へ新こもを敷いて坐ってもらい、いろいろと教えをこう。 「無辺さんは、諸国を回って来られたそうですが、一体、何歳になられましたか」 「さあ、百歳だったか、二百歳だったか。いや、四百歳になったかもしれんワ。年など、数えんか ら忘れてしもうた」 「ひえっ、四百歳。何を食べるとそんなに長生きできるのですか」 「さーあな、私の友人に八百比丘尼という尼さまがいる。年は、八百歳じゃ。八百歳になってもお 肌つるつる、娘のようだった」 「えっ、八百歳の尼さまですか・・・・」 「八百比丘尼は、人魚の肉を食べたということじゃ」 「ひえっ・・・・」 村人たちは、無辺さんというお坊さんはただものではないと、ますます尊敬の念が深くなる。 煙に乗って飛んで行く 村人たちに尊敬されていた無辺さんは、織田信長にも会ったともいう。諸国回国のお坊さんの無 辺さんに、織田信長が会いたいというので、安土へ出 ―49― かけた。 織田信長は、無辺さんに声をかけた。 「生国は、いずれか」 「無辺なり」 生まれた国は何処かと質問すると、あてもないところ無辺だと答える。信長公はご機嫌ななめ、 ご立腹である。この日のありさまは「信長公記」にも記されている。 (# さし絵が入る)青い松葉の燃える煙に乗って飛んで行く無辺さん 「客僧の生国は何くぞとお尋ねあり。無辺と答える。また、唐人か、天竺人かと御意候。ただ修行 の者と申す。人間の生国三国の外には不審なり。さては、ばけものにてあるか。しからば、あぶり 候はん間、火をこしらえ仕り候え」 無辺さん、ばけものあつかい。火あぶりにするから、火を用意しろと信長公は命じたらしい。だ が、無辺さんは、無事退出。 いずれにせよ、無辺さんというお坊さんの正体はわからないまま。ある人は、無辺さんは常陸坊 海尊だとも言う。 常陸坊海尊は、源義経の家来だった。家来でありながら、義経とは別れて、山へ入り仙人になっ たという。そして、諸国を行脚して源平屋島合戦のありさまを語り聞かせた。 「源義経というお大将は、あまり背は高くなかった。反歯で、美男とはいえない。だが、頭はよか った。行動が素早い」 などなど、合戦のありさまをおもしろく語った。このとき常陸坊海尊は、四百歳になっていたと か。 さて、讃岐に住んでいた無辺さんは、そろそろお別れの時がやってきたと言う。 「福栄のみなさん、いろいろ御世話になりました。私は、これから阿波へ行かねばなりません」 「えっ」 「すみませんが、松葉を少々いただきます」 村人たちが引き止めたが、無辺さんの覚悟は決まっていた。松葉を高く積み上げる。枯れた松葉 ではなく、青いままの松葉を山のように積み上げた。無辺さん、積み上げた松葉の山に登って、ど っしりと坐る。 「さあ、松葉に火を付けておくれ」 「えっ、火を付けるのですか」 「そうだ。松葉に火を付けるのだ」 「えっ・・・・・・」 「さあ、早く、火を付けろっ」 村人たちは、おそるおそる松葉に火を付けた。ぱちぱち、ぱち。松葉が燃え上がり、ものすごい 煙が立ち上る。もくもく、立ち上る煙は、阿讃の山脈の高さまで達した。 「さあ、お別れだっ」 「あっ、無辺さんが煙に乗って、飛んで行くぞー」 「あっ、無辺さーんっ」 村人が見守るなか、無辺さんは、煙と一緒に飛んで行く。煙に乗った無辺さんは、山を越え雲の 果てまで飛んで行く。見守る村人たちは、目に涙をいっぱいためて空を見上げた。 虎丸山には、無辺さんを祀ったお社があると伝わる。 ―50― お豆腐大好き法然上人 笠島に上陸された 塩飽本島の高階氏は、早春の夜にふしぎな夢を見た。夜空に、満月がこうこうと輝く。その月の 丸さはそれはそれは見事なもの、満ち満ちた丸さなのだ。一点のくもりもない空に、月は輝く。あ まりの神々しさに、言葉もない。と、満月がすーっと動いた。動くはずのない月が、天から地へす べるように舞いおりてくる。高階氏、信じられないと身体を固くする。舞いおりた満月は、高階氏 の着物のたもとにするりと入りこんだ。 「ああっ」と、声をあげそうになったとき、目がさめたのである。ふしぎな夢を見た。これは、何 かの前ぶれかもしれない。何か、あやしいことがあるのかもしれないと思いながら、日々を過ごし ていた。 三月二十六日、本島の笠島港に船が着いたというしらせ。都からの船には、びっくりするような 人が乗っているという。 都で宗教上の争いがあり、法然上人が本島へ配流と決定。実は、配流の地は土佐の国だったが、 土佐はあまりに遠国。お年を召した法然上人がお気の毒だと、讃岐本島へ上陸になったという。 高階氏、さっそく法然上人をお迎えする。長い船旅、さぞお疲れになられたことでしょうと、薬 湯をおすすめする。このとき法然上人は七十五歳だったとか。心づくしの薬の湯に、ほっとなされ たことだろう。 「極楽もかくやあるらん あらたのしはやまいらばや南無阿弥陀仏」 法然上人、ほっとなさったときのお礼の歌である。 笠島港の近くに、城山がある。かつての東山城。空掘跡や見晴らし台跡などが、残されている。 この小高い山に、高階氏の邸宅があった。その近くへ、法然上人をお迎えしたのである。 都から法然上人が流されて来た、という噂は島中へ流れた。覗き見に来る人もいた。都の話を聞 きたいという人もいた。教えを受けたいという人も多かった。こんな人を前にして、法然上人は仏 の教えをわかりやすく説いて聞かせた。念仏の教えが、島民のなかへじわじわとしみこんでゆく。 法然上人が本島へ滞在したのは、二、三か月間ではなかったかと伝わる。はっきりとした記録は なく、島の伝承のみである。だが、笠島の専称寺には、法然上人の黄金仏・木鐘・名号石などが残 されている。木鐘とは、忍と彫られた木の鐘である。鐘をかんかん叩くのではなく、木を叩いたら しく中央のあたりがかなり凹んでいる。名号石とは、先の尖った細長い石に、南無阿弥陀仏と刻ま れている。ともに持ち運びに便利なようにすべて小形となっている。 これらのものを残して、法然上人は小坂の浦から船を出された。小坂の浦は、笠島港の反対側の 港である。小坂の浦には、「とも綱名号石」が、大切にされている。小坂の浦から船出をされたと いっても、都へ帰るのではない。讃岐本土へ渡ろうというのである。 本島からの船は、丸亀へ着く。丸亀市、宇多津町にも、法然上人伝説が残されている。 にこにこお豆腐食べられた 法然上人はあっちこっち歩かれ、土器川のほとりへやってこられた。羽間の西念寺のあたりであ る。西念寺とは、小松庄の生福寺の跡に建てられたお寺である。だから、正確に記すのなら、法然 上人は小松庄の生福寺のあたりへいらっしゃったということになる。現在、琴電の羽間駅からほど 近い。 この地でも、法然上人は仏の教えを説いて聞かせた。お上人の話は、とってもわかりやすい。里 の女たちは、なるほどなーと感心したり、感激したり。もっともっと教えを受けたいと、熱心に集 まる。わかりやすくいうなら、説教とはカルチャー教室。一流の講師 ―51― 先生は、威張らないし自慢もしない。話は平易で、説得力がある。肩書をはずし、同じ位置に坐っ ての教えに、女たちはうんうんとうなずいた。女性ファンがますます多くなったことだろう。 一方、法然上人、ふっともの思いに沈む日もあった。寺の山へ登って、西の山を眺める。山のか たちが、都の山と似ているようにも見える。讃岐の山は、乳房を伏せたような丸い山が多い。屏風 をたてたような象頭山も見える。川の流れに、都の川をしのぶのか。水の流れに、山かげがゆれる 。ゆっくりと暮れてゆく空の色に、法然上人は、しばしうっとり。こんな姿をかいま見た里の女が 、ひそひそ噂する。 「お上人さんが、お淋しそう」 「仏の教えを説くお坊さまだ。そんなことはあるまい」 「だって、肩のあたりが、おさびしそう」 「そうかなー」 「何か、美味しいものを差し上げましょう」 と、里の女たちが考えた。美味しいものが豆腐だったと伝わる。田園地帯、米も大豆もよく採れ る。粒よりの大豆で手作りの豆腐を作って、お上人にさしあげようというのだ。豆腐は、最高のご 馳走である。普段の日には、食べられない。お正月や法事など、ハレの日のご馳走だったのだ。 現在も「豆腐百珍」という料理本が保存されているが、その料理法は多種多様。手のこんだ料理 法のかずかずなのだ。まあ、里の女たちが、こんな豪華な豆腐料理をしたというのではない。ごく 素朴に、豆腐を手作りしてすすめたのである。それも、よく冷やしてお膳につける。 法然上人、あれっと、お膳を見る。 「ほう、これは・・・・・」 お上人さん、にっこり。里の女たちも、にっこり。 「おう、よく冷えた豆腐、美味だな」 ほこほこ湯豆腐もいい。だが、冷えた豆腐の喉ごしは、最高。 西念寺の藪かげには、法然上人に差し上げた豆腐を冷やした井戸というのが残されている。山の 清水を集めて、豆腐を冷やす。山の清水も美味なら、里の女手作り豆腐も美味。法然上人、およろ こびになるはずである。 なお、この寺には、法然上人が、蚊淵の水に姿を写して描いたという自画像などが、大切にお祀 りされている。 さらに、豆腐の話は、仲南町の法然堂にもある。ここにも「豆腐の井戸」が現存。紫雲たなびく 宮田の里へも、お上人さんがいらっしゃって、仏の教えを説いてくださった。そして、お豆腐を差 し上げたというのだ。 ほうほう 法然堂へ まいらんか あめ 買うて ねぶらんか いか 買うて 飛ばさんか ほうほう 法然堂 と、里のわらべ歌に歌われる法然市は、旧二月一日。国道から、極楽橋を渡ってお堂まで行く道 に、ずらりと露店が並んで、大にぎわい。 法然堂には、法然上人、旅姿の木像が祀られている。 後、法然上人は許されて、都へ帰られる。赦免の日は、十二月八日だったという。だとすると、 讃岐滞在はわずか十か月たらず。それにしては、各地に多くの話が残されていることに驚く。 なお、今回ご紹介したのはごく一部である。 (# さし絵が入る)お豆腐を食べる法然上人と里の女たち ―52― 屁こき嫁さまと柿 香西の嫁さま 海の町香西から、嫁さまを迎えた。婿さんは幸せいっぱい。毎日、にこにこ過ごしていた。ある 日のこと、幸せいっぱいの嫁さまが青い顔をしている。婿さんは、嫁さんの顔をのぞきこんで問う てみた。 「おい、どうした。どこぞ、苦しいのか」 「は、言うてもいいですか」 「ああ、言うてみい」 「わたし、おならが出とうて出とうて・・・」 「屁。屁くらいどこででも出したらええぞ」 婿さんのお許しをもらった嫁さまは、ほっと、一安心。 嫁さまは、梯子をかけて屋根へ登った。そして、スカートをまくしあげた。 「ぶおーおー ぶおーん」 ものすごい音が、屋根の上をひびきわたる。近所の人々は、「なんだ、なんだ」と集まってくる。 今まで聞いたこともないような、怪音。嫁さまは、涼しい顔をしてにっこり。 「みなさん、さわぐな。屁のもとここじゃ」 と、屋根の上から降りて来た。嫁さまの顔色はすっきり。丸いほっぺがはちきれそう。 それからしばらくは、婿さんとにこにこ過ごしていた。だが、またまた、苦しくなってきた。し かし、もう屋根の上へ上がることはできない。婿さんが、恥ずかしがる。 「あの、お里がえりさせてください」 「ああ、いいよ」 嫁さまは、婿さんに頼んで香西の町へ里がえりをすることにした。 途中、香西までの道を歩いていると、旅人たちがひとやすみをしている。大きな柿の木の下で行 商人たちも、足をやすめている。嫁さまも、柿の木の下でひとやすみ。同じように休んでいた呉服 屋さんが、声をかける。 「大きな柿の木じゃな。うまげな柿が、ようけなっとる」 みんな、柿の木を見あげる。 「落ちとる柿は拾ってもええが、よその柿はちぎれんワ」 「そうよナ」 柿の木から落ちてころがった柿の実は拾ってもいいが、木になっている柿はちぎれないと言うの だ。 「わたし、屁で、ちぎるワ」 「えっ、屁でちぎるとか。どうやってちぎるのだ。屁で、柿がちぎれるものか」 と、呉服屋さんたちはせせら笑う。嫁さまはくやしくなって、声をはりあげた。 「わたし、ぜったいに、ちぎれるっ!」 「じゃ、かけをしよう」 嫁さまは、かけに勝ったら呉服屋さんの反物をそっくりもらう約束をした。見物人一同は、にた にた。 「屁やこしで、柿がちぎれるものか」 と、嫁さまと呉服屋のかけを見守る。 嫁さまは、柿の木の根元にあった小石を集めて来ては、山のように盛りあげた。石は、さまざま。 にぎりこぶしくらいのものから赤ちゃんの頭ほどの石もある。柿の木と、石の山の間かくは目測。 ほどよいところへ立った嫁さまは、ちょっと腰をかがめて、「ぶおーん、ぶおー、ぶおーん」 と、超特大の大屁。その、特大屁の勢いで小石が舞いあがり、柿の実を直撃。ばらばらばらと、 柿の実が落ちてきた。 「ひえっ、屁で、柿をちぎった」 「こりゃ、どうじゃ。柿の実が、降ってきた」 と、見物人たちはびっくり。かけに負けた呉服屋さんは、美しい反物を嫁さまに渡してから歩き 出した。 嫁さまも、大きな屁をおもいきりよく出したので気分はすっきり。反物のお土産までもらって上 きげん。 それにしても、屁で柿をちぎるとは、すごい嫁さまもいたものだ。 ―53― 柿と嫁さま やっともらった花嫁さまが「ぷすっー」「ぶう、ぶう」と、おならを出して困る。嫁さまは恥ず かしいので、じーと我慢をしていても「ぷー」と落としてしまう。我慢をすればするほど、臭い屁 が出る。内緒で出しても、すぐわかる。 婿さんも、婿さんのお母さんも困ってしまった。お姑さんは屁っこき嫁さまが気に入らない。と うとう、離婚話が持ち上がった。 「屁っこき嫁さまは困る」 「家中、臭くて臭くて、たまらん」 嫁さま、いくら屁を出さないでおこうとしても駄目である。 「わたしって駄目だわ。あなた、お別れネ」 離婚を覚悟した嫁さまを、お姑さんが送って行くことになった。 「おかあさん、お世話になりました」 「いや・・・・」 なんとなく、しめっぽい雰囲気。途中、大きな柿の木のある道を通る。柿が、おいしそうに熟し ている。 「柿が、よう熟しとる」 「わたしが取ってあげましょうか」 「柿の木、高いから無理だよ」 「どんなに高くても、ちぎれますよ」 「ほんとうか。柿、うまいだろうな」 お姑さんは、ほんとうに柿が食べたそう。しかし、嫁さまは、あんなに高い柿の木に登ることが できるのだろうか。 嫁さまは、とっととっと柿の木の風上へ立ち、ねらいを定めるような格好で柿の木を見あげた。 そして、お尻を少し持ちあげ気味にして、 「ぷーう、ぶーう、ぶうーるんっ」 「ぶうー、ぶうー、ぶーうるんっ」 「ぷーす、ぷーう、ぷうぷーるん」 と、三段階の特大屁を放った。すると、どうだろう。 「ぱら、ぱら、ぱあーら」 「ばら、ばら、ばあーら」 「こつ、こつ、こっとーん」 と、三段階に分けて、柿が転がり落ちてきたではないか。 「こりゃ、どうじゃ」 お姑さんはびっくり。大好きな柿が転がり落ちて来たので大よろこび。嫁さまは、柿好きなお姑 さんが、あまり柿を食べ過ぎると大変だと思い、放屁の加減をする。大きな柿の木には、まだまだ 柿の実がいっぱい。 それにしてもすごい嫁さまですね。お姑さんは、 「ええ、嫁じゃ。私の腹具合まで心配してくれて・・・・」 と、一言。離婚は、取り止め。ふたたび、家へ連れて帰った。婿さんも、大にこにこ。 屁っこき嫁さまは、大した福分の持ち主だったのだ。村一番の、嫁さまになったという話。 現在も、道のほとりの柿の木は赤く熟してむらびとたちを見守る。 (# さし絵が入る)屁で、小石を舞いあげ柿をちぎる香西の嫁さま